待てど暮らせど
アンバランスな世界
生きているといろいろなことがある。 特に理不尽なことは尽きない。
なんで自分ばかりが貧乏くじを引き続けるのかと悩むことも多いのが、 人生というものだ。
ターンが回ってこない
人生ゲームは一回休みのマスがある。 あの休みというのは人生においてどのくらいの休みなのだろう。
休みというのは魅惑的な響きがあるが、 あのマス目はがっかりな印象を植え付けてくる。
主よ、いつまでですか
祈りの答えは「YES」か「NO」、もしくは「今ではない」 という言葉はよく知られている。
それでも、いつまで待てばいいのかなんてわからないし、 人生は永遠ではない。
興味深い本を見つけた。 冤罪(未判決)で釈放された、元死刑囚の獄中での声だ。 袴田巌獄中からの手紙 「主よ、いつまでですか」を読んで - shiraikeの日記(2019年復活) 袴田巌 - Wikipedia
聖書にも同じように、 苦しむ祈りが描かれている。 主よ、いつまでですか。(イザヤ書6章、ルカの福音書6章) : 新宿シャローム教会 Shinjuku Shalom Church 主よいつまで(詩篇13)
いつまで待てばいいかはわからない。 それは時に鈍痛となり襲いかかってくることもある。